伊集院光さん談
これは僕の友達のタカちゃん、佐藤タカフミ君っていう人から聞いた話なんですけど。
タカちゃんは引越し業者で仕事をしてて。
その日は栃木にある現場にマイクロバスで向かって。
で、チーフと自分の同僚と自分の3人で現場に向かってて。
何となく窓の外を見てたら、現場が近づいたあたりで、
「あれ…?このへん俺…。来たことがある」って気がしてきて。
そして現場に到着して、その現場っていうのが大きな古ーい2階建ての和風建築のお屋敷で、なんでも取り壊しをするんで中にあるものを運び出してほしいみたいな仕事だったんだけど。
その家の前に立って、いよいよ記憶の扉が開き始めて
「うわっ。俺絶対ここ見覚えがあるわ」
「この前を、何度も通ったことがある」
ふって上を見上げて、2階の感じをみたところで、堰を切ったようにぶわーって頭の中に映像が浮かんできて。
「あ、俺は、この家より向こうに住んでて。この先に駄菓子屋さんがあって、その駄菓子屋さんに行こうとしてたんだ」「そしたら上から『折り紙で作った赤い紙風船』が足元に落ちてきて、それを拾って見上げたら」
そこに女の人がいた。
女の人が、こうやって上半身だけ乗り出して、こっちを見ている映像が頭に浮かんで。
で、表札をみたら「菊池」って書いてあった。
…菊池あやめちゃんだ。
その上にいた女の子に急に「名前なんてーの?」って聞かれて
「僕、佐藤タカフミです。おねえちゃんは?」
「私は菊池あやめです。お友達になって」
「わかった!じゃあ今から駄菓子屋さんに行こうよ」
「私はこの部屋から出られないから、2階に上がって来て?」
でも自分は駄菓子屋さんに行くのとその後なんか用事があったのかで「じゃあ明日遊びに来る!」
「約束ね!」
本当に克明に映画見てるみたいにこのワンシーンをばーっと思い出して、ぼんやりしちゃうんだけど。
ただその続きは全然出てこない。
その後どうした?その後のことが全然思い出せないなと思いながら、チーフとかに「行くぞ!」って言われてそのお屋敷の中に入って玄関に行くんだけど、玄関には何の覚えもない。
だから明日に2階に遊びに行くっていう約束は、これは果たしてんなんじゃねぇかな?
そこに依頼主のヨボヨボのおじいさんが出てきて
「この荷物はこうしてください」「これはいらないもんだから運びださなくてけっこうです」って説明はじめて。
でももう自分はもう気になって気になってしょうがないから、そのヨボヨボのおじいさんに、「あのすみません。菊池あやめさんって今どうしてます」思わず聞いたら…。
そのおじいさんが突然ブチ切れて
「なんだそれは!私は昔からここに一人で!一人で住んだよ!『あやめ』なんて知らない!そんな女の子はいない!」って言いだして。
え、でも今女の子とか言ってますけど…?って言おうと思ったらチーフの方を向いて、
「何なんだお宅の会社は!?依頼主のプライバシーにズカズカ踏み込んでくる、そういう教育してるか?この若者つまみ出せ!そうじゃなかったらもう会社を替える!引越し業者を替える!」みたいに言って聞かない。
結局、チーフに言われてその仕事は外れちゃって、一人で家に帰るんだけど。
その一度思い出しちゃった『あやめちゃん』のことが気になってしょうがなくて。
で、実家の母親に電話かけて
「今日、栃木県のなんとかっていう街に仕事に行ったんだけど。俺、あの街に住んでか記憶があるんだけど」って言ったらお母さんが「よく覚えてたわね。まだ3歳になるかそこらのころよ」
お父さんとお母さんが離婚して、タカフミ君の家は離婚してるんですけど。親権でで揉めて半ばさらわれるようにしてお父さんの実家に連れて行かれたことがある。
「で、結局のすぐに2,3週間で連れ戻されたんだけれども、よくその短い期間のことを覚えてたわね」
だからあの記憶は間違いなく本当の記憶だってことがわかったところで、
じゃあ、あの子どうしてる?
じゃあ、2階どうなってる?
で、すぐにその同僚にメールをして「あの家の2階はどうなってた?」って送ったら、10分くらいしてメールが帰ってきて。
『2階、気持ち悪かったぜ』っていう文章と3枚の写真が添えてあって
1枚目は『古ぼけた大きさ的には子供用の車椅子』
2枚目には『床一面に散らばった赤い折り紙の紙風船』
3枚目は壁に何かでひっかいたような文字でたくさん。
タカフミ ユルサナイ
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