俺は法廷に立たされていた。
これから裁判長とやらからありがたい判決が下されるらしい。
数件の強盗殺人。実刑は避けられないと弁護士に言われた。
そこをなんとかするのが弁護士の仕事だろと吐き捨てたが「やれることはやります」だとかなんだとか全く信用ならないことを言っていた。
正直にいえば、俺の悪事は今回の件だけではない。追求されていない、バレていないだけで世の中の悪事はあらかたやったことがあるだろう。
ただ俺はそんなことを気にはしない。
俺の一番の失敗は警察に捕まったことだけだ。
裁判長「それでは判決を下します」
もうどうでもいい。どうせ豚箱にぶち込まれるんだろう。
裁判長「被告人を『一日一善の刑』に処す」
数日間の勾留を経て、俺は殺風景な灰色の壁に囲まれた部屋に通された。
部屋の中心には灰色の簡素なテーブルとパイプ椅子、部屋の隅には申し訳程度に黒いプラスチック製のゴミ箱が置かれている。
パイプ椅子に腰掛けると、真正面に座っていたスーツ姿の男女と対面した。
男「では、刑についてのご説明をさせていただきます」
俺「一日一善の刑って何なんだよ?刑務所行かなくていいのか?明日から外出られるのか?」
男「順番にご説明いたします。まずあなたには明日から10年間一日に一回だけ善行を行なっていただきます。毎日毎日、一日でも欠かすことなく誰かのために」
隣の女がバッグから小さな箱を取り出してテーブルの上に置いた。
女「開けてください」
差し出された小箱の蓋を開ける。中には指輪が入っていた。
男「それを指にはめてみてください」
わけもわからず指輪をつまみ上げて、左手の指にはめた。
ピッと小さい電子音が聞こえたと思うと指輪が指に食い込む。
俺「うわっ!何だよこれは!?」
男「その指輪は10年間、刑期を終えるまで決して外れることはありません」
俺「はぁ!?ふざけんなよ外せよ!」
無理矢理指輪を引っ張って指から抜こうとするが指輪はガッチリと皮膚に食い込んでおり外れる気配がない。
女「その指輪には毒針が仕込んであり、強引に外そうとすると針が指に刺さるようになっています」
はあ!?わけがわからない。
男「説明を続けましょう。はめていただいた指輪は善行を感知します。あなたが善行を行うと青く光ります。しっかりと毎日それを確認してください」
女「もし一日一善をしわすれて夜12時を過ぎてしまうと、毒針の仕掛けが動きあなたの命を奪います」
何を言ってるんだこいつら…。急な話に全く頭がついていかない。毒針?死ぬ?懲役刑とか罰金とか禁固刑とか、罰則はそういうものじゃないのか?
男「突然の話で混乱されていますでしょう。試しに一度やってみましょう」
そういうと男はテーブルの上の空になった箱を持ち上げて部屋の隅に置かれたゴミ箱に向かって投げた。
小箱は弧を描いてゴミ箱の横の壁に当たり床に落ちた。
男「あれを拾ってゴミ箱に捨ててください」
俺「は?なんでだよ」
男と女は無表情でじっと俺を見つめる。
俺は席を立ち、部屋の隅に行くと床に落ちた小箱を拾い上げた。そして小箱をゴミ箱の中に落とす。
男「ありがとうございます」
その瞬間、指輪が青く光った。
女「これで今日の一日一善は完了です。正確には刑は明日から10年間です」
は?たったこれだけ?
これだけでいいのか?
ただゴミを捨てただけじゃないか。
こんなことを一日一回やるだけで俺は刑務所に入らずに済むのかよ。
笑いが込み上げてきた。簡単なことじゃないか。
席に戻ると、男がまた話し始める。
男「おわかりいただけたようですね。これが一日一善の刑です」
俺「あぁわかったよ。こりゃ楽でいい」
スーツの男も女も無表情のままだ。
男「ただし一日一善の刑には一つだけルールがございます」
俺「なんだよルールって?」
男「一度やったことのある善行は一日一善にはカウントされないということです」
女「毎日毎日、新しい善行をする必要があります」
俺「なんだそれ?大したことないな」
俺は笑い出しそうになるのを必死で堪えた。
盗みをやった挙句に人を殺した俺が、たったこれだけで許されるなんて人生楽なもんだ。
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