【祟られ屋シリーズ】チルドレン

祟られ屋シリーズ
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前回の話の続きを。

少年の両親の許可を得て、俺達は彼を霊能者・天見琉華の許へと連れて行った。
詳しい事情の判らないキムさんは憮然としていた。

「まさか、お前が琉華と接触しているとは思わなかったよ・・・」

「いや、俺も好き好んであの人と関わっている訳では・・・俺だって、出来れば関わりは持ちたくないですよ」

「だろうな」

琉華の弟子の40代くらいの女性の仕切りによる儀式と琉華による少年の『霊視』が行われた。
霊視は3時間を予定していたが、40分ほどで琉華は瞑想から覚め、霊視を切り上げた。
事前に予想していた事だったが、少年からは何も得る事は出来なかった。
宿命通や他心通、天眼通といった『力』が全く通用しないらしい。
霊視が失敗に終わり、何も得る事が出来なかった・・・・・・が、それ自体が、収穫と言えた。

「・・・・・・どうでしたか?」

「そうね、この子は『新しい子供』で間違いなさそうね。封じられて切り離されてしまっているみたいだけど」

満を持してキムさんが尋ねた。

「その、『新しい子供』とは、何の事なんだ?」

俺は、琉華の方を見て訊ねた。

「話しても良いのですよね?」

「ええ、いいわ。彼にも聞く権利はあるからね」

俺は、呼吸を落ち着けてから話し始めた。

「キムさん、これはマサさんにも関わりの有る話なんです」

俺が琉華から聞いた『新しい子供たち』の話は大凡、以下のようなものだ。
『新しい子供たち』とは、一部の霊能者や宗教家、占術家などの間でかなり以前から出現が予想されていた特別な子供だ。
『子供たち』の出現は『旧世代の偉大な霊力』の消滅を期に3段階を辿るとされているそうだ。

第一段階は1989年、第二段階は2005年だったらしい。
その翌年をピークに『新しい子供達』は世界中で出生していると予想されている。
出生前から確実視された極少数の例外もあったが、霊能者集団や宗教団体の探索にも関わらず、その発見は困難を極めた。
『例外』についても、霊的にだけではなく現実的な強固な護りの中にあり、霊能者や宗教家が手出しする事は不可能だった。
何人かの霊能者が遠隔での霊視を試みたようだが、結果は悉く失敗に終わった。

しかも、事態は霊視の失敗だけでは済まなかった。
その子供の霊視を試みた霊能者たちは、霊視の失敗と同時にその『霊力』を失ったのだ。
天見琉華も『子供たち』の探索を行っていた。
そして、ある特殊な事例を通じて『新しい子供たち』の謎の一端に触れる事に成功していた。
俺とマサさんは、偶然、その事案に関わっていたのだ。

その日、俺とマサさんは、俺の旧い知人の店で一杯やっていた。
マスターを交えて取り留めの無い話をしていると、メールを受信した俺の携帯が鳴った。
メールの発信者は住職だった。
住職の呼び出し自体は、そう珍しい事でもなかった。

時々「たまにはアリサの墓参りに来い」だとか、「珍しい酒が手に入ったから飲みに来い」と言って俺を寺に呼びつけた。
俺自身、住職の事は好きだったので、呼び出されては寺を訪れていた。
住職はカルトに嵌ったり、誤った『行』の世界に足を踏み入れ『魔境』に陥った者に対する救済活動を行っていた。
考えてみると、俺自身が住職にとっては『救済対象』なのかもしれない。

だが、そのメールはいつもとは趣を異にしていた。

「是非、頼みたい事がある。出来ればマサさんも連れてきて欲しい」

住職が俺に頼み事をするのは初めてのことだった。
まして、面識の無いマサさんを連れてきて欲しいと言うのは只事ではなかった。
どうしたものかと悩んでいると、マサさんが「どうした?」と声を掛けてきた。
俺はマサさんにメールを見せた。

「お前の恩人なんだろ?まあ、俺もこの住職には興味があるしな・・・・・・いいよ。付き合うよ」

俺達は、指定された日に寺を訪れた。

寺に到着すると意外な人物が俺達を迎えた。
山佳京香・・・かつて、俺が『仕事』で関わった女だ。
元ヨガ行者だった彼女は、所謂『超能力』に魅せられ、薬物や『房中術』を濫用し、『能力』を悪用していた。
深い『魔境』に堕ちていた彼女は、天見琉華の手により『気道』を絶たれ『能力』を封じられた。
そんな彼女を俺は住職に紹介したのだ。
『能力』を封じられたはずの彼女は以前とは質の異なる強い『気』を発していた。
住職に引き合わせた頃・・・・・・琉華の手による『処置』と『行の反動』で憔悴し切っていた様子からは信じられない回復ぶりだった。
既に還暦に達しているはずだったが、見掛けは四十代くらいにしか見えない。

「なぜ、アンタがここに居るんだ?」

「住職にはお世話になっているからね。そちらが貴方の『先生』ね。早速で悪いのだけど、一緒に来ていただけるかしら?住職が待っているわ」

京香の運転する車に15分ほど揺られていると旧い作りの民家に到着した。

寺で京香に出迎えられた時点で、俺は嫌な予感がしていた。
そして、その予感は的中した。
京香に続いて門を潜るとマサさんが言った。

「結界だ・・・この感じは、多分、琉華だな・・・・・・」

俺にとっても、マサさんにとっても天見琉華は、余り接触したい相手ではない。

「どうする?・・・・・・戻るなら、今のうちだぞ?」

「ここまで来て、そうもいかないでしょ。住職に挨拶だけでもしないと・・・・・・」

「・・・・・・そうだな」

門を潜ると妙な臭気が鼻を突いた。
何の臭いだろう?
玄関を開けると家主だという若い男性が俺達を迎えた。
強烈な臭いが屋内を満たしていた。
獣臭とも屍臭ともつかない、吐き気を催す類の臭いだ。
家主はこの臭気に全く気付いていない様子だった。
俺達は奥の部屋へと通された。

居間では、品の良さそうな老夫婦と住職が俺達を待ち構えていた。
老夫婦に挨拶してから俺はマサさんを住職に紹介した。

「彼が、何度かお話した事のある『マサさん』です」

「そうか、この方が・・・・・・無理なお願いを聞いて頂いて、かたじけない。よく来て下さった」

暫くマサさんと話をした後、住職は襖を開け隣の部屋に俺達を通した。
12畳ほどの和室の中央に一人の男が横たわっていた。
住職は俺に尋ねた。

「お前さん、彼をどう見るかね?」

「生きているのが不思議な程に精気が抜け切っていますね。・・・・・・これに似た状態の人間を以前に見た事がありますよ。その人物は、質の悪い行者に房中術で精気を抜かれていたんですけどね。・・・・・・そう、アンタの被害者の松原にそっくりだよ。何でこうなった?」

俺は、住職の傍らに座っていた山佳京香に向って言った。

一目見て判った。
質の悪い『世界』に繋がっている・・・・・・そして、彼を『通路』にして『魍魎』が湧き出していた。

「判る?・・・・・・彼はね、以前の私と同じなのよ。それが、私が送り込まれた理由。経験者ってことね」

何となくだが、事情は理解した。
だが、彼は既に手遅れに見えた。
虚ろな目は開いているだけで何も見てはおらず、精気の抜け切った身体は死体のようだった。

俺達の前に横たわる男、それが、寺尾昌弘だった。

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