季節が冬に変わろうとしていた頃だった。
俺は、オカマのきょうこママに呼び出された。
「ちょっと、相談したい事がある」と言うことだった。
久々に会ったきょうこママは巨大化していた・・・ま、マツコ・デラックス?
「久しぶり。相談って、何よ?ダイエットの話なら無理だぜ・・・・・・もう、手遅れだよwww」
「そんなんじゃないわよ、失礼な!真面目な話だから、ちゃんと聞きなさい」
ママの目は真剣だった。
「アンタ、ほのかちゃんの事、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。大分前に店を辞めたはずだけど、元気にしてるの?」
ほのかとは、アリサと出会う前、店の子のガードを請負った折に知り合った。
初めて会った頃の彼女は、ホルモン注射を開始したばかりの段階だった。
元々華奢な体格で、顔の造りも女性的だったためか、女装すると普通の女にしか見えなかった。
ママやガードしていた子の話では「あの子は続かないかもね」という事だったが、勤めは長く続いた。
アリサと共に何度か遊びに行った事もあった。
あまり、自分の事は話したがらない子だったが、『神様のミステイク』に苦しんだ者同志だったからだろうか、アリサに良く懐いていた。
アリサが亡くなってから会った事は無かったが、恋人が出来て店を辞めたと聞き及んでいた。
「あの子がどうかしたのかい?」
「この間ね、偶然会った店の子がほのかちゃんを連れてきたんだけどね・・・・・・あの子、危ないのよ・・・・・・放って置くと多分自殺しちゃう。アタシはね、何人もそんな子を見てきたから判るのよ」
「そいつは穏やかじゃねえな。それで、俺にどうしろと?」
「あの子の所に顔を出してやって欲しいのよ。アタシや店の子達じゃ会ってくれないから」
「ママ達に会わないのに、俺が行ったからって駄目だろ?」
「そうかもね。・・・・・・でも、あの子にとって、アンタ達は特別だから」
「え?俺達?」
「アンタとアリサちゃんよ。あの子だけじゃなく、店の子達にとって、アンタ達はある意味理想だったのよ・・・・・・それが、あんな事になって、みんな悲しんでいるわ・・・・・・アンタが思っている以上にね」
「そうかい・・・・・・役には立てないかもしれないけど、行くだけは行ってみるよ」
俺は、ほのかの部屋を何度か訪れたが、彼女がドアを開けることは無かった。
郵便受けにメッセージだけを残して帰る事が何度か続いた。
その日も、メモだけ残して帰ろうとしていた。
だが、郵便受けに封筒を投函すると、部屋の中から物音がした。
彼女は部屋に居るようだ。
俺は、インターホンを連打しながらデカイ声で言った。
「おい、ほのか居るんだろ?早くドアを開けろ!開けないとウンコするぞ!」
鉄製のドアに何かが当たる音がしたが、扉は開かない。
スコープからこちらを見ている事を確信した俺は、壁際まで下がってベルトを外し、後ろを向いてしゃがみ込んだ。
「ちょ、ちょっと、止めてよ!」と言う声と共にドアが開いた。
「よお、久しぶり!」
「・・・・・・アンタ、馬鹿?恥ずかしいから中に入ってよ!」
俺が部屋に入ると、ほのかはドアを強く閉めた。
ふぅ~っとため息をつくと、呆れた様子で言った。
「兄さん馬鹿でしょう?もう、恥ずかしくって外を歩けないわ!何考えてるのよ?」
「いや、居留守を使うお前が悪いでしょ?俺はちゃんと、次に来る時間も残して帰っていたんだしwww」
「それで、何よ?」
「いや、手紙にも書いたけどさ、ママや店のみんなも心配してるし、俺だって心配だったからさ」
「そう?」
「とりあえず、お前の顔も見たし、今日は帰るよ」
そう言って、ドアを開けようとした俺の腕を彼女が引っ張った。
「久しぶりに会ったんだから、夕食ぐらい食べて行きなさいよ」
俺の訪問に合わせて作っていたのだろうか、テーブルの上には結構な品数の料理が並べられた。
俺達は、無言で食事を続けた。
「美味かったよ。やっぱ、独り者に女の子の手料理はグッと来るものがあるね。やべぇ、惚れちまいそうだよ」
「アリサ姉さんの直伝だからね」
「・・・・・・今日は遅いから、また来るわ。
今度はこんなに凝らなくても良いぞ。・・・・・・そうだな、カレーでいいや!」
「ばか」
とりあえず、ほのかが笑みを見せたのを由として、俺は彼女の部屋を後にした。
沈んだ様子だったが、ほのかからママの言っていた『死相』は見て取れなかった。
だが、形容し難い、妙な空気は確かにあった。
俺は、暫くほのかの部屋に通って、彼女の様子を見る事にした。
何度も足を運んでいるうちに、ほのかの表情は明るくなって行った。
外に連れ出す事にも成功し、ママの店にも連れて行った。
そんな彼女の様子に、油断していたのだろう。
俺は、口を滑らして、店の子たちが話していた『彼氏』の話題に触れてしまった。
とんでもない地雷を踏んでしまったようだ。
ほのかは喚き散らしながら暴れた。
「出て行け!もう顔も見たくない。二度と来るな!」
そう言われて、俺は何も言わずに玄関に向った。
靴を履き、立ち上がると、背中を何発も拳で叩かれた。
「帰れと言われて本当に帰るような奴は二度と来るな!」
振り返ると、涙でベソベソになったほのかが抱き付いてきた。
暫くそうしていると、やがてほのかは泣き止んだ。
「せっかくの美人が台無しじゃないか」
そう言ってハンカチを渡すと、ようやくほのかは落ち着きを取り戻した。
俺は靴を脱いで部屋に上がると、爆撃後のような惨状の室内を片付け始めた。
とりあえず片付けが終わり、腰を降ろして休んでいると、俯いて黙り込んでいたほのかが立ち上がった。
「?」
「ねえ、見て」
見上げる俺にそう言うと、彼女は服を脱ぎ出した。
俺は、黙って彼女を見ていた。
震えながら服を脱ぎ、全裸になった彼女は胸や股間を隠していた手を外して、もう一度言った。
「見て」
「・・・・・・」
「私、女になったのよ。・・・・・・今はね、結婚だって出来るの。・・・・・・私、キレイ?」
「ああ、キレイだよ」
「でもね、彼は私を抱いてはくれなかった・・・・・・彼の為に、彼に喜んで欲しかったのに・・・・・・あの人は・・・・・・女になった私を捨てて逃げたのよ!」
出会った時、ほのかの彼氏は大学生だったそうだ。
飲み屋でコンパの二次会をしていた彼らと、仕事帰りに飲みに繰り出したほのか達は意気投合して、そのまま三次会に繰り出したそうだ。
ほのかがメアドの交換をした事も忘れかけた頃に、大学生の男から誘いのメールが入った。
暇潰しのつもりで誘いに応じたほのかを男はその後も誘い続けた。
何度も逢瀬を重ねて、ほのかの中で男の存在が大きくなってきて、あぶない、そろそろ『潮時』だと思っていた頃に告白されたそうだ。
告白されたその場で、ほのかはカミングアウトした。
だが、男は驚いたものの、引かなかった。
『一度関係を持てば彼の目も覚めるだろう。最後に一度だけなら』そう思ってホテルに行ったそうだ。
『・・・・・・これで終わった』と思ったが、彼はほのかから去らなかった。
やがて、彼は卒業し、社会人となった。
仕事に慣れ、社員寮から出た彼はほのかに言った。
「一生傍にいて欲しい。一緒に暮らそう」と。
彼の家族は、一人息子がニューハーフと同居する事に激しく反対した。一緒になるなど論外だった。
家族の激しい反対に遭ったが、彼は家族よりもほのかを選んだ。
そんな彼の行動に、ほのかは長年悩んできた性転換手術を受ける覚悟を決めた。
女性の身体になることは彼女にとって長年の夢だったが、手術への恐怖心が大きく、それまで踏み切る事が出来なかったのだ。
何度もカウンセリングを受け、面倒な手続きを経て彼女は決死の覚悟で手術を受けた。
術後、患部が安定するには半年程度の時間が掛かるそうだ。
だが、医師の許可が出て1年以上経っても、彼はほのかの身体に触れようとしなかった。
そして、何か悩んだ様子で、外泊も多くなっていた。
ある日、『一生分の勇気』を振り絞って、彼女は彼に言った。
「抱いて」
服を脱いだ彼女の身体を見て彼は言った。
「・・・・・・すまない」
そのまま彼は部屋を出て行き、二度と戻る事は無かった。
「酷い話だな・・・」
「でしょ?だから、アイツの荷物は全部捨ててやったし、写真も全部燃やしたわ。彼の事は吹っ切れてるのよ・・・・・・ただ、女としての自信というか、プライドがね・・・・・・」
見え見えの嘘だったが、俺は頷くしかなかった。
「ねえ、良かったら、兄さんが私を『オンナ』にしてくれる?・・・兄さんなら、いいかな・・・」
「悪いな、それは出来ない」
「何で?やっぱり、私って魅力ないのかな?」
「いや、そんな事は無いよ」
「それなら何で?・・・・・・まだ、姉さんのことが?」
「・・・・・・」
「ごめん、変な事を言って・・・・・・忘れて!」
俺は、ほのかの相手の男の事を調べた。
男の居所は、あっさりと割れた。
男は勤務先を退職し、実家に戻っていた。
俺は、男の実家に向かった。
ほのかの男・・・・・・宗一郎の父親は、彼とほのかの同棲中に癌で亡くなっていた。
息子に取り次いで欲しいと彼の母親に頼んだが、俺がほのかの縁者だと聞くと、彼女は頑なにそれを拒んだ。
連絡先だけ残してその場を立ち去ると、後日、宗一郎本人から俺の携帯に連絡が入った。
待ち合わせの場所に行くと、従妹だという若い女が待っていた。
事と次第によっては、1・2発ぶん殴ってやりたいと思っていたが、それは出来なかった。
ベッドに横たわる、余り先の長そうではない病人・・・・・・それが、宗一郎だった。
事情がありそうだ・・・・・・
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