【祟られ屋シリーズ】呪いの器

祟られ屋シリーズ
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日本国内には、いたる所に神社や祠がある。

その中には人に忘れ去られ、放置されているものも少なくない。
普通の日本人ならば、その様な神社や祠であっても、敢えて犯す者はいない。
日本人特有の宗教観から来る「畏れ」が、ある意味DNAレベルで禁忌とするからだ。
かかる「畏れ」は、異民族、異教徒の宗教施設に対しても向けられる。
また、このような「畏れ」や「敬虔さ」は、多くの民族に程度の差はあれ、共通するものである。

しかし、そういったものに畏れを感じずに暴いたり、安置されている祭具などを盗み出す者たちがいる。
その多くは、日本での生活暦の浅いニューカマーの韓国人達だ。
詳しい事は判らないが、朝鮮民族は単一民族でありながら「民族の神」を持たない稀有な存在だという。
神を持たないが故に、時として絶対に犯してはならない神域を犯してしまう。
「神」の加護を持たない身で神罰を受け自滅して行く者が後を絶たないということだ。
この事件もそんな事件の一つだと思っていた。

最初のうちは・・・

ある寒い冬の日だった。

俺は、キムさんの運転手兼ボディーガードとして、久しぶりにシンさんの元を訪れていた。
「本職」の権さん達ではなく、俺が随伴したのは、シンさんの指名だったからだ。
シンさんの顔は明らかに青褪めていた。
キムさんもかなり深刻な様子だった。

やがて、マサさんもやって来るという。
重苦しい空気の中、2・3時間待っていると、マサさんが一人の男を伴ってやって来た。
マサさんの連れてきた男は、木島という日本人だった。
上背は無いが鍛え抜かれた体をしており、眼光や雰囲気で相当な「修行」をした人物と感じられた。
これから何が起こるかは判らないが、ただならぬ事態なのは俺にも理解できた。

木島は手にしていたアタッシュケースから古ぼけた白黒写真と黄ばんでボロボロになった古いノートを出した。
シンさんも、テーブルの上にファイルを広げ、数枚の四つ切のカラー写真を出した。
両方の写真の被写体は、どうやら同じ物のようだ。
それは、三本の足と蓋のある「金属製の壷」だった。
その壷は朝鮮のものらしく、かなり古そうだった。
形は丸っこい、オンギ(甕器)と呼ばれる家庭用のキムチ壷に似ている。

ただ、金属製である事と底の部分に3本の足があること、表面に何かの文様がレリーフされているのが特殊だった。
表面の文様と形状に、呪術に造詣の深いシンさんやキムさんは思い当たるところがあったようだ。
それは、一種の「蟲毒」に用いられた物だった。
壷の文様は「蟲毒」の術に長けたある呪術師の一族に特徴的な文様なのだという。

しかし、通常、「蟲毒」に使われるのは陶器製の壷であり金属器は使われない。
ましてや、この壷は「鉄器」であり、「蟲毒」の器としては恐ろしく特殊な存在だという事だ。
韓国では金属製の器が好んで使用されるが、伝統的な物の殆どがユギ(鍮器)と呼ばれる真鍮製品なのだという。
李氏朝鮮では、初期から金属器の使用が奨励され、食器や祭具、楽器や農具に至るまであらゆる金属製品が作り出されたそうだ。

だが、その素材の殆どが青銅或いは真鍮だった。
高い製鉄・金属加工技術を持ちながら、朝鮮半島では鉄は希少で広く一般に普及する事は無かったらしい。
温帯気候で樹木の生育の早い日本と異なり、大陸性の寒冷な気候の朝鮮半島では樹木の生育が遅い。
それ故、製鉄に大量に必要とされる燃料の木炭が不足していたのだ。
昔の中国や朝鮮は、刀剣などを鉄製品の原料・素材として日本から輸入しており、それは非常に高価だった。
その様な貴重な鉄器を破壊して使い捨てるのが原則の蟲毒の器に用いる事は、呪術上の意味合いからもあり得ない事なのだと言う。

この壷は、柳という古物商から在日ネットワークを通じて照会されて来た物だった。
柳は、盗品売買の噂が絶えず、在日社会でも非常に評判の悪い人物だった。
本来なら、シンさんはこのような男は絶対に相手にしない。
しかし、流れて来た写真を見てシンさんは驚愕した。
それは、日韓併合以前の韓国で隠然たる力を持っていた、ある呪術師一族が「呪術」で用いた文様だったからだ。
なぜ、そんなものが日本にあるのか?

その呪術師一族は、韓国の「光復」のかなり前に滅んでしまっていた。
朝鮮総督府は「公衆衛生」のため、朝鮮半島に根深く浸透していたシャーマン治療を禁止し、近代医学を普及させた。
その影で、多くの呪術師や祈祷師達は恭順して伝来の呪術を捨てるか、弾圧されるかの二者択一を迫られた。
多くの呪術師が地下に潜ったのに対し、敢然と叛旗を翻した者も少数ながらいた。
この呪術師一族もその少数者の1つだった。

シンさんの調べによると、柳の照会の背景は以下のようなものだった。

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