先日、ケイさんがバイク事故を起こした。
どっから回ってくるのかそのニュースはその日の朝っぱらから病院中に広まった。
辞めた人間のニュースが瞬く間に広まるこの病院はマジでオカルトだと思う。俺だって知らなかったのに。俺に回してきたのは同期の松田だった。
「レゴストラップが千切れたから嫌な予感がしたんだ」
と松田は言った。ちょうど俺も松田も次の日から三連休だったのでケイさんのお見舞いに行くことにした。後輩の鑑ではないか。
翌日、松田のセダンにてケイさんの入院している病院へ向かった。かなり荒い松田の運転のおかげで予想より早く到着し、俺たちは差し入れのエロ本とケイさんの好物の牛乳プリンを持って病室に入った。
「おせーよ。暇過ぎて死ぬ」
相変わらずの無表情で奴は言った。心配して来てやったのにこの糞メガネめ、と内心毒づきながら事故の話を聞く。
飲酒運転だと決め付けていたが、意外にも飛び出した子どもを避けようとして転倒したらしい。この人にも人間らしい行動が取れるのか、とかなり失礼な感想を胸に抱きつつ、
事故にて折れた痛々しい右足を気の毒にも思った。それにしてもよく骨を折る人だ。
「そこの菓子、食っていいからな」
エロ本と牛乳プリンを渡すと機嫌が良くなったらしく見舞い品のお菓子をくれた。そういえばよく「餌づけ」と称してお菓子くれたな、なんてことを思い出し、やっぱりケイさん優しいなって思った。
それが間違いだったのだが。
しばらく他愛ない話をしたりしてるうちに面会時間も終わりに近付いてきた。松田はトイレに立ち、俺はなんとなく話すこともなくなりぼーっとしていた。
そのとき不意にケイさんが言った。
「なぁ、コーヒー買って来てくんね?」
珍しく下手に出るケイさんに、俺は快く了承した。「自販機、廊下の奥にあるから」と120円を渡される。俺はその120円を手に病室を出た。
廊下はひんやりしていて、とても静かだった。ナースステーションからも遠いせいかちょっと薄暗い。いくら病院で働いてても慣れた職場とは違うわけで、やっぱり夜の病院て怖い。
俺は少し早足に自販機を目指した。
そのとき。
「ねぇ」
不意に呼ばれて、振り返り声の方を見上げると、柱から男の顔が覗いていた。知らない顔だった。
こちらを覗きこむようにじっと目を開いたまま、顔が覗きこんでいる。
気持ち悪いな、なんだよ。と思いつつ、踵を返そうとしたとき、気付いた。
なんで、「見上げてる」んだろう。
男の顔は、柱のいちばん上からこちらを覗きこんでいた。
どうしてそんな高いとこから、顔を出すことができるの?
途端に鳥肌が立った。そんな背の高い人間がいるはずない。心底恐怖した。が、何故か走り出せなかった。
そのうち、その男は口を開いた。
「 い っ し ょ に 死 の う ? 」
顔がニタリと笑って、柱から下がってきた。その聞いた瞬間、やっと足が動いた。雄叫びをあげながら走って逃げた。怖い怖い怖い怖い怖い。殺される。
コーヒーのことなんか考えてる余裕は無かった。走って走って、ケイさんの病室に逃げ込んだ。
「どうした?いつにもまして情けないツラしやがって」
ニヤリと笑ってケイさんは言った。
まともにしゃべれない俺はひたすら泣くしかなかった。ほんとに情けない。
「顔でも見た?」
ニタニタ笑うケイさんに、こいつは確信犯だと確信した。
「なかなか面白いだろ?暇つぶしにはなった」
ケタケタ笑う糞メガネに息を整えた俺は散々毒づいた。
「ふざけんなよクソ眼鏡!!!鬼!!!悪魔!!!鬼畜!!!」
しかし奴は微動だにせず、
「俺は鬼畜だけど、お前は家畜だろ?」と抜かした。呆れてもう何も言えなかった。
それから数分後、先程の俺と同じように息切れして号泣した松田が病室に入ってきたが、
俺はケイさんのように笑う気にはなれなかった。
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