幽霊が見えるサイト

洒落怖・怪談(管理人著)

私がその噂を耳にしたのは、まだ梅雨が明けない7月のことだった。
うだるような湿気に満たされた山手線の車内は、疲れた表情で帰路につくサラリーマンやOLが多い。

夜の19時30分。

私は吊革につかまって、スマートフォンでSNSのタイムラインを流し見ていた。

最近やたらとフォローした相手でもないユーザーの投稿が流れてくる。
”おすすめ”だか”トピック”だかよく知らないが、自分が求めた情報以外を押し付けられるのは、はなはだ鬱陶しい限りだ。

『幽霊が見えるサイトがあるらしい』

適当に画面をスクロールしているときに、そんな投稿が目に入った。

投稿したのは猫のアイコンに「須田」とだけネームの書かれたユーザーだ。
思いのほかフォロワーがいるらしく投稿には20件のコメントが付いている。

『えーそれなんですか?』
『聞いたことない』
『見てみたい』
『どこのサイトですか?URLが知りたいです』

そんなコメントに「須田」さんは『ぼくも噂で聞いただけ』とそっけなく返している。

本人もよく知らないようだった。

怪談話の類はそんなものだ。 人から人へ、友達から友達へ。

「友達の友達の兄から聞いた話なんだけど…」

そしてその”友達の友達の兄”とやらも”友達の友達のそのまた友達”から聞いた話なんだろう。

でも私はその『幽霊が見えるサイト』という言葉に引っかかった。

心霊写真を集めたサイトや心霊動画をまとめたサイトならばいくらでも存在するだろう。
しかし、『幽霊が見える』というのは少し言葉がおかしい気がする。
サイトを開いたときに画面の向こう側に”髪の長い女が…”とでもいうのだろうか。

私は家に着くとパソコンの画面を開き、その『幽霊が見えるサイト』とやらを検索してみた。

検索結果一千万件。
ただし、「幽霊」「見える」「サイト」と検索エンジンが気を利かせてワードを適当に分割して探し出した結果に過ぎない。
『幽霊が見えるサイト』というひとつなぎのキーワードの検索結果は存在しないようだった。

私は、ある質問投稿サイトで聞いてみることにした。

『幽霊が見えるサイト』って知ってますか?

一週間が過ぎた。
私はそのことをすっかり忘れかけていたころだった。
何となしにログインしたその質問サイトに通知が届いていることに気が付いた。

『ここじゃない?詳しく知らないけど』

その短い回答とともにURLが貼られている。

私は、思いがけずあっさりとそのサイトにたどり着いてしまったらしい。
とりあえず回答者にベストアンサーを返す。
そしてマウスのカーソルをURLのリンクの上まで移動させる。

(幽霊が見えるっていうのは、もしかして、”ブラクラ”かぁ?)

その昔、リンクを開くと唐突に怖い画像が画面いっぱいに映し出されるということがあった。

真っ白の顔に、見開かれ血走った目、むき出しの歯。

アレを見たのはWindousXPの時代、中学1年の頃だが、2晩ほど夢でうなされた。

(まさか、今どきそんなものはあるまい…)

そう思いながらも、腕を伸ばして画面から距離を置いてURLをクリックした。

少しだけドキドキしながら画面が切り替わるのを確認する。

表示されたのは、なんてこともないよく見るブログだった。
モニターのアスペクト比率が4:3の時代からある有名なブログサイトだ。
妙に左右に余白があるそのブログは、最近見かけるレイアウトだけ真似した詐欺サイトでもなさそうだ。

トップ画面には最新の投稿がある。

『京都に行ってまいりました!ずっと前から計画していたんですがー!ついに!やっと!念願の!京都!』

『この時期は紅葉シーズンも終わってしまいましたが、逆にゆったりできていいかな!なんて思っていたのですが、、、。京都はやっぱり人気の観光地!人多いよー泣泣泣』

『旅先で猫ちゃん発見!首輪はしてないけどでっぷり太ってる!きっとみんなに可愛がってもらってるんだろうなあ』

記事には京都の有名な寺とともに太った白猫の写真が添えられていた。

この最終投稿は半年以上前の12月17日。
そこから記事の更新はない。
最も古いもので2014年4月。

2021年12月(13)
2021年11月(27)
2021年10月(28)
2021年09月(24)
2021年08月(25)
2021年07月(30)

サイドメニューに並んでいる年月のリンクを適当にクリックしてみるが、ほとんど同じような雑記記事だった。
個人用の日記として運用していたものらしくコメントが付いている記事はない。

特段、変わったところはない。

(これは一杯食わされたかな…)

先ほどの回答にベストアンサーを返したことに若干の後悔を感じつつ、ブラウザバックしようと思った矢先、あることに気が付いた。

2021年03月(01)

()内の数字は記事の投稿数を表している。

他の月は、多少の差はあれどほぼ毎日のペースで記事が投稿されているにも関わらず、2021年3月だけが1記事しかない。

(まぁ、そんなときもあるだろう)

そう思いつつ私は『2021年3月』のリンクをクリックした。

画面が切り替わる。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

背筋が凍った。

画面一杯に映し出された『死ね』の文字。

他の記事とは明らかに温度差が違う異常な投稿だった。

私は部屋を出て洗面所に駆け込んだ。
水で顔を洗う。

(なんだあれ。おかしいでしょ…)

一つ深呼吸をしてまた自室に戻る。

パソコンを見ると画面が暗転していた。
画面は数十分操作しなければ自動的に暗転するように設定されているが、私が席を外したのはほんの数分だ。

また背筋に冷たいものが走る。

(いや、偶然だ)

そう思いなおして椅子に座る。

マウスを動かそうと思った時、暗転した画面にぼんやりと映る自分の影の背後を、何かが横切った。

ぎょっとして振り返るがそこには何もいない。

(気のせい、か…?)

パソコンの方に向き直ると、マウスを操作したわけでもないのに画面がついていた。

そして、画面一杯に映し出される、『死ね』の文字…。
私は急いでブラウザを閉じて、パソコンはシャットダウンした…。

という話を、僕は椎木さんという友人から聞いた。

昼下がりの喫茶店だった。

彼女もその話を”友人の友人”から聞いたのだという。

「なんだ。よくある人づての怪談話じゃないか」

そう言って僕は、彼女の話を小馬鹿にした。
怪談話の出所を不明にしておけば、いざとなったときに”人から聞いたから”と逃げ切れるじゃないか。

僕がケラケラ笑っていると、彼女はふうんと鼻を鳴らして、スマートフォンをいじる。

ダークブラウンの木目調のテーブルに置いた僕のスマートフォンが小気味良い電子音を鳴らして新着通知を知らせる。

「今、そのブログのURL送っておいた」

椎木さんは「これからちょっと用事あるから」と言って、テーブルに自分のコーヒー分の小銭を置いて、喫茶店から出て行った。
喫茶店の扉がカラカラとベルを鳴らして閉じる。

一人取り残された僕は恐る恐るスマートフォンのロックを解除する。
椎木さんからURLリンクだけが貼られたメッセージが届いていた。

それからひと月経ったが
僕はまだそのリンクを開いていない。

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